「もっといい日」連載

「医療って誰のもの?」

第7回「がんときちんと向き合うことががん医療の第一歩」(2001年2月号)

 昨年末、私の勤める病院に、一人の女性が入院しました。彼女の部屋を訪れる度に、私は、「医療の意味」について考えさせられます。今回は、彼女から教わったことをご紹介したいと思います。
 乳癌術後5年で乳房と骨に再発(転移)をきたし、セカンドオピニオンを求めて私の外来を訪れたのが11月。これまでの治療経過について話を聞いた上で、私は、「遠隔転移がある以上、腫瘍を完全に体の外に追いやることはできないけれども、『腫瘍とうまく長くつきあっていく』という目標に向かって、力を合わせて取り組んでいきましょう」と伝えました。このとき、乳房腫瘤が皮膚に顔を出し、骨転移による痛みがあったものの、日常生活には支障のない程度でした。腫瘍の性質を調べ、治療の選択肢をすべて提示して、話し合いを重ねた末、「症状の落ち着いている限り、体に負担のかかる治療は行わず、日常生活を最優先させる」ということで同意し、症状緩和に主眼をおいた通院治療が始まります。しかし、ほどなくして、彼女の両足は自由を失います。転移のあった背骨がつぶれて脊髄を圧迫し、両足がほとんど麻痺してしまったのです。
 入院して病変を確認し、すぐに放射線治療を行いましたが、麻痺は劇的には改善しませんでした。突然寝たきり生活を余儀なくされた彼女の気持ちは、いかほどだったでしょうか。不安に包まれた暗闇の中、光を見いだそうとして受けた放射線治療でも期待したほどの効果はなく、想像を絶するつらさであったと思います。ところが、彼女の部屋は、日が経つごとに、確実に明るくなっていったのです。ご家族やご友人が部屋を飾り付けた効果もありますが、何よりも、彼女の笑顔がまわりの空気を明るくしていました。
 医学は彼女にほとんど何も与えませんでした。医学にだけ望みをかけていたとすれば、ただ「絶望」がもたらされたのかもしれません。でも、彼女はこう言いました。
「こういう状態になったことで、今までわからなかった本当の希望が見えてきました」。
絶望ではなく、希望を---。これは医療の目的として私が掲げていることですが、それを真実の言葉として聞いたのは初めてでした。医学に限界があっても、その限界を超えて希望をもたらすものがあり、医療は、医学の限界に挑むだけでなく、「本当の希望」を見出す手助けをするべきなのです。彼女の言葉には重い意味がこめられていました。
 彼女に「希望」をもたらしたものの一つは、まわりの人々でした。
「人間のつながりって、不思議なものですね。目に見えない糸で引き寄せられるように、素敵な方々と出会い、それが私を支えてくれています」
 医療とは人間関係です。医療を行うのは医者だけではなく、患者さんをめぐるすべての人々が医療の主体者となります。そんなことを実感させてくれる言葉でした。
 身近な人間関係、窓の外に見える自然の移ろい、小さな病室でのささやかな出来事、そういったもの一つ一つの大切さが身にしみるようになったと彼女は言います。
 私は、医者として彼女には何もできませんでした。足を自由にすることもできず、ただ、入院を強いているだけです。そんな私に向かって、彼女はこう言ってくれました。
「私、先生のところに来られて幸せです。患者にとって何よりもつらいのは孤独ですが、ここに来て初めて、医療が私を見放していないことを実感できました」。
 涙がこみ上げてくるのを感じながら、改めて、医療の真の意味に思いを馳せました。
 今、彼女は、車イスでの生活を目指してリハビリを行っています。体に障害はあっても、彼女の目の前の世界はどんどん広がっていくようです。ベッドサイドに腰かけて、身の回りのことから人生観まで語り合うとき、私の方が彼女から「希望」をわけてもらっていることに気付きます。
 医者としてはもとより、人間としても未熟な私に、患者さんは本当にたくさんのことを教えてくれます。改めて、この場を借りて、すべての患者さんに感謝したいと思います。

 がんというのは、医療の意味、そして、人間存在の意味について、深い思索を求める病気です。答えのない思索、あるいは、人間の数だけ答えのある思索、と言えるかもしれません。私は、一生をかけて、その思索に取り組もうと考え、がんを専門とする医者になったわけですが、考えれば考えるほどに、その奥深さを思い知らされます。
今生きている日本人のうち、2人に1人ががんになると言われており、家族も含めて考えれば、がんと無縁でいられる人というのはほとんどいません。このような時代に生きているわけですが、一方で、日本では、がんをタブー視する文化が根強く残っているのも確かです。ありふれた病気でありながら、日本人は、がんを特殊な病気として忌み嫌い、正面から考えることを避けてきました。結果として、がんのおそろしいイメージだけが一人歩きし、たくさんの誤解が生み出されています。
 がんを直視したことのない人は、いざ、自分やご家族ががんにかかったとき、予想していなかった事態に冷静さを失いがちです。でも、ここで誤ったイメージに流されてはいけません。納得して医療に取り組むためには、がんについて知り、考え、語り合う必要があるのです。がんと知らされて動揺しないわけはありませんが、これからつきあっていく相手なのですから、目をそらすことなく、適切な情報に基づいて、よりよいつきあい方を探るべきでしょう。
 多くの人々にとって、がんとは悪いもの、闘うべき敵、憎しみの対象です。憎き敵ですから、すぐにでも体の外に追いやらなければいけません。体の一部を切り取ったり、放射線を当てたり、薬で攻撃したりして、つらい思いをしながらも何とか敵をやっつけます。この方針は、早期のがんでは有効なことが多く、「闘いに勝利した」と言われます。
でも、自分の体を傷つける闘いには限界があります。がんを体から追い出せなくなるときがくるのです。そのとき、がんへの憎しみをさらに増大させ、より強い攻撃を仕掛けるべきでしょうか。それとも、憎しみを乗り越えて、うまくつきあっていくべきなのでしょうか。
 体から原因を除去しにくい病気は他にもたくさんあります。糖尿病、高血圧、心臓病、脳卒中、気管支喘息・・・。でも、人々は血液中の糖分を憎むでしょうか。硬くなった血管を憎むでしょうか。これらの病気で「治療」とは、原因を体の外に追いやることではなく、それと共存する道を探ることです。
 がん自体は、「不幸」「絶望」を意味するものではありません。がんへの憎しみ、過剰な医療、医学への過大な期待が、人々に「不幸」「絶望」というイメージをもたらしているのです。
 今回ご紹介した患者さんは、これまでは、がん自体ではなく、がんのイメージに思い悩まされる日々が続いていたそうです。医師の発する言葉におびえ、かたときもがんのことが頭を離れませんでした。でも、そのイメージからふっきれたとき、大きな希望の道が開けたと言います。
 がんとの共存と言っても、すぐには納得できないかもしれませんが、そこにこそ、真の「幸福」「希望」を見いだせるのだと私は考えています。がんときちんと向き合うことが、がん医療の第一歩なのです。