「もっといい日」連載

「医療って誰のもの?」

第4回「科学的根拠に基づく医療とは?」(2000年11月号)

「これからの医療には明確な根拠が必要だ」と前回書きました。医療を患者さんの手に取り戻すためには、患者さんと医者とが共通のルールブックを持っていなければいけません。今回は、医療の新しいルールブックとして登場したEBM「エビデンス(科学的根拠)に基づく医療」について説明します。

 医者が持っている「知識」や「経験」は、医療において重要な役割を担っていますが、一人の人間の知識や経験は不完全であり、それだけを根拠に医療を行うのは危険なことです。
 世界中で次から次へと新しい臨床研究の結果が発表され、教科書の内容もすぐに時代遅れとなってしまう状況で、頭の中を常に最先端の知識で満たしておくというのは困難なことです。また、最先端の知識であっても、さらに時間が経てば、新しい事実によって覆っていくわけで、医学において「絶対的な真理」というのはありえません。そもそも、人間という摩訶不思議な存在を扱う医学で、「たった一つの答え」を求めようとすること自体に無理があります。
 不完全な知識を補うのが「経験」ですが、一人の医者が一生をかけて経験することは、医療全体の中では些細な一部分にすぎません。経験とは、どうしても偏りがあるもので、しばしば公平な判断の妨げとなります。ヒポクラテスも、「経験は人を欺く」と言っています。
 それぞれの医者が思い思いに「知識」や「経験」を蓄積していくのではなく、世界中の医者たちが「経験」したことを、共通のルールに従って、共有できる「知識」に変えていく作業が必要であり、そうしてできた「知識」こそが、医療の根拠となりうるのです。この「知識」のことを、「エビデンス(科学的根拠)」と呼び、「エビデンス」に基づいて行われる医療のことをEBM (Evidence-Based Medicine)と言います。
「エビデンス」とは、今現在考えられる治療法の選択肢の中で、どれが患者さんの利益となる可能性が高いのかを示してくれるものです。「Aという治療法とBという治療法を比べると、治療効果の点においては、Aの方が優れている」といった相対的な事実が「エビデンス」であり、それを積み重ねていくことで、患者さんの最大限の利益を追求することが可能になります。
 一人の医者の限られた知識や経験をもとにするのではなく、世界共通のルールでまとめられた「エビデンス」をもとに、患者さんの利益を目指す医療を行うEBMこそが、これからの医療の原則です。絶対的真理には到達できなくても、「患者さんの利益」というモノサシでよりよき医療を見分けていくことが大切なのです。
 このEBMのもう一つ重要な点は、患者さんと医者との間の情報格差がなくなるということです。「エビデンス」は誰にでも開かれた明確な根拠であり、医者だけでなく、患者さんやそのご家族も簡単に知ることができます。インターネット、出版物などを通じて入手可能ですし、わからなければ、主治医に聞くべきです。主治医と一緒に調べてもいいでしょう。「エビデンス」とは、いわば、医療における共通言語であり、患者さんをはじめ、医療に向き合うすべての人々が当然知っておくべきことがらなのです。その共通言語を使って、人間としての語り合いを行うところから医療は始まります。