<2-7-4> 鉄門だより(514)1996年7・8月号
21世紀の「医」を考える 第1回「学問の枠をこえて」
 

森岡正博氏インタビュー「人間概念の拡散」「治療モデルの崩壊」

森岡正博氏
昭和33年生まれ、昭和63年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得。現在国際日本文化研究センター助手。研究テーマは、生命学、哲学、科学論。「生命学への招待」(勁草書房)、「生命観を問いなおす」(ちくま新書)、「宗教なき時代を生きるために」(法蔵館)など著書多数 。

 

キーワード
「人間概念の拡散」
「治療モデルの崩壊」

--人間概念の拡散とはどういうことでしょうか。

「人間」という概念、人間に関する概念が多様化し、あいまいになっていくということです。たとえば、これまで二元論的にきれいに分離されていた「人間」と「非人間」、「生」と「死」、「正常」と「異常」、といったものの境界はどんどん不明確になってきています。脳死者が生きているのか死んでいるのかというのは社会的に問題になっていますし、価値観の多様化とともに、生と死の意味も多様化しています。また、正常と異常というものも、単純にわけられるものではありません。たとえば、ろう者どうしのカップルがろう者の子供をほしがる場合がありますが、この場合、ろう者のカップルにとっては、耳の聴こえる子供(聴者)は「異常」でろう者こそが「正常」ということになります。正常と異常というのは価値観によって変化するものであって、それを一律に区別することなんてできないわけです。

--治療モデルの崩壊とは?

医療現場では、正常と異常の区別が厳格になされ、「異常」から「正常」へ「治療」するという単純な治療モデルが維持されてきました。しかし、今言ったように、「正常」と「異常」の境界は不明確化し、また、異常→正常の方向性も一つに決まるものではなくなっています。その結果、今までの単純な治療モデルでは現状に太刀打ちできなくなってきました。これは特に末期医療や老人医療で顕著です。これまでの「死にそうな患者をできるだけ延命する」、「異常な部分を正常にする」という治療モデルが崩壊し、治療の目的は多様化、不明確化しているのです。

--治療モデルの崩壊にわれわれはどう対応するべきなのでしょうか。

モデルの崩壊の結果、医師にとっても患者にとっても選択肢は増えることになります。医療における自己決定権が増大してきているわけです。しかし、それは責任の増大をも意味します。選択することの責任をしっかりと自覚して、様々な価値観に柔軟に対応していくことが必要だと思います。また、現在の医学教育は「モデル教育」に偏っていて、治療モデルが崩壊しつつある現状に対応していないように思います。時代に即した教育方法の見直しも必要です。

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