第一線の医師が答えるガン(日刊工業新聞系 流通サービス新聞より)

EBM(科学的根拠に基づく医療)

第54回 乳ガンの新しい治療薬「ハーセプチン」















− 小さい副作用で進行を抑える −

回答者(高野利実氏)

 乳ガン(ガン)の治療は近年、めざましく進歩しています。乳房の形を残す「乳房温存術」(手術と放射線治療)と、転移予防の「全身治療」(化学療法とホルモン療法)が標準治療として確立され、なおも改善の努力が続けられています。乳ガンは他臓器への転移をきたしやすく、それが生命をおびやかします。転移を予防する全身治療が重要なのはそのためです。そして、転移をきたしたあとに柱となる治療も全身治療です。

 全身治療といえば、化学療法(抗ガン剤治療)とホルモン療法が代表的なものですが、免疫療法や遺伝子治療なども、乳ガンの全身治療として注目されつつあります。今回、紹介する「ハーセプチン治療」は、そういう新しい治療法の一つです。乳ガン患者の25―30%では、腫瘍(しゅよう)細胞の表面に「HER2」というたんぱく質が過剰に認められます(HER2陽性)。HER2陽性の患者さんでは、ガンの進行が早く、転移をしやすいと言われています。

 乳ガンは進行の遅い「穏やかなガン」ですが、HER2陽性の場合には、これが当てはまらず、HER2が悪さをしていると考えられています。こういうたちの悪い乳ガンに対して、とくに効果を示すのがハーセプチンです。ハーセプチンは、HER2にくっつく抗体で、HER2を多く持つ腫瘍細胞の増殖を抑えます。

 HER2陽性の転移性乳ガンの患者さんに対し、ハーセプチンのみの治療を行ったところ、16%で腫瘍縮小効果が認められ、副作用としては軽い発熱があった程度でした。現在、化学療法のみを行う場合と、化学療法とハーセプチン治療を併用する場合の効果を比較する研究が行われていて、併用した方が効果が高いという中間報告がなされています。日本でも現在、臨床試験が進行中で、2000年には厚生省が使用を承認する見込みです (※筆者注:結局、2001年4月に承認されました)。

 転移をきたした乳ガンの患者さんについては、腫瘍細胞を調べて、HER2陽性であれば、ハーセプチン治療(単剤または抗ガン剤との併用)を行うという選択肢が検討されることになります。副作用が小さいので、症状緩和を治療目標とする転移性乳ガンの患者さんにふさわしい治療法だと言えます。今後の研究で、より効果的な使い方がわかり、標準治療として確立することが期待されます。そして、研究はまだ行われていませんが、近い将来、早期乳ガン術後の全身治療としてハーセプチンが用いられるようになる可能性も考えられます。

(1999年11月30日)

※ハーセプチン治療については、その後も臨床試験が数多く行われており、新たなエビデンスが築かれています。最新の情報は、主治医にご確認ください。