第一線の医師が答えるガン(日刊工業新聞系 流通サービス新聞より)

EBM(科学的根拠に基づく医療)

第64回 乳ガンの転移に対する治療(その2)















− 症状を緩和し最適な生活を −

回答者(高野利実氏)

【問】乳ガン(ガン)の母が手術を受けてから3年、肺と骨に転移が見つかりました。もう治らないのでしょうか。どういう治療を受けるのがいいのでしょうか。

【答】前回は、転移をきたした乳ガンに対して、「ガンとうまく長く付き合う」というのが治療目標になると説明しました。腫瘍(しゅよう)の大きさだけに目をとらわれるのではなく、「ガンを抱える人間」全体に対する視点を持つことが大事だということです。

 「ガンがあるから治療を行う」という短絡的な発想で強い治療を行っても、転移性乳ガンの生存期間が劇的に延びることはなく、むしろ、副作用があったり、入院を強いられたりして、自宅で普通の生活を送れる時間は短くなります。症状のない時間を長く過ごしてもらうためには、ガンそれ自体ではなく、ガンの症状を指標として医療を行う必要があるのです。

 もし今、お母様がガンによる症状を感じておられないのであれば、つらい治療を行う必要はありません。症状があるのであれば、その症状をとるためにさまざまな方法を検討します。骨転移による痛みがあれば、放射線照射を行ったり、鎮痛薬(アスピリンやモルヒネなど)を適切に用いたりして痛みを制御します。骨が溶けるのを抑制する「ビスフォスフォネート」を用いれば、痛みを和らげ、骨折の可能性を減らすことができます。

 肺転移による咳(せき)や息苦しさがあれば、それを緩和するためにコデインやモルヒネなどの治療薬を適切に用い、必要があれば酸素吸入も行います。全身倦怠(けんたい)感や不安感などについても、心理的サポートを含め、さまざまなアプローチで症状緩和を目指します。

 ホルモン療法や抗ガン剤治療も症状緩和目的で行うことがあります。ホルモンレセプターが陽性であれば、ホルモン療法を行うのが標準的です。抗ガン乳ガン剤治療については、臨床試験で治療効果が証明されている治療法(CMF療法、アントラサイクリン系、タキサン系など)の中から、副作用が小さく、症状緩和という目的にかなったものを慎重に選びます。新薬「ハーセプチン」も、まもなく選択肢に加えられるはずです。

 このように、さまざまな治療法があるわけですが、お母様にとって何が大切かを常に考え、人間としての尊厳を保てるように治療方針を決める必要があります

(2000年2月15日)