第一線の医師が答えるガン(日刊工業新聞系 流通サービス新聞より)

EBM(科学的根拠に基づく医療)

第63回 乳ガンの転移に対する治療(その1)















− ガンとうまく長く付き合う −

回答者(高野利実氏)

【問】乳ガン(ガン)の母が手術を受けてから3年、肺と骨に転移が見つかりました。もう治らないのでしょうか。どういう治療を受けるのがいいのでしょうか。

【答】転移が見つかって、お母様も、ご家族もショックを受けられていることと思います。現状について、「治る」「治らない」という表現を使うならば、残念ながら「治らない」ということになります。転移がある以上、体からガンを完全に追い出すことはできないのです。でも、「治らない」から「絶望」ということにはなりません。今回は、絶望ではなく希望につながるような医療について説明したいと思います。

 ガンは、もともと自分が持っている遺伝子に傷がついて、細胞が無秩序に増殖してしまう現象です。外から病原体がやってきて病気になるのではなく、自分の体の中から生じるものであって、病気というよりは老化現象に近いといえます。

 そんなガンに対して、根治(完全に治すこと)だけを目指して治療を行うのには無理があります。「ガンをなくすために過剰な治療を行い、治療手段が尽きると見放す」という現代医療の構図に苦しまれた方も多いのではないでしょうか。「治る」ことを絶対善として、「治らない」ことを「絶望」、「敗北」、「手遅れ」と表現してしまう医療ではなく、治らないガンと「うまく長く付き合う」ことを手助けする医療にこそ希望があると思います。

 「うまく付き合う」とは、ガンや治療による症状を最低限に抑え、日常生活をごく普通に送れるようにすること(症状緩和)であり、「長く付き合う」とは、ガンと共存しながら、できるだけ長い人生を全うすることです。治らないと分かったあとでも、この二つの目標に対して、医療のできることはたくさんあります。

 治療方針を決めるに当たり、患者さん側と医療者側の話し合いが不可欠です。科学的根拠に基づきながら、なおかつ、人間としての生き方や価値観も重視して、どういう医療が患者さんの「幸せ」や「充実した生」につながるのか、常に考えていく必要があります。延命も重要ですが、延命だけを考えて、つらい副作用のある治療を次から次へと行うのでは、「うまくつきあう」ことにはなりません。症状緩和のための治療を優先させて、症状に関係なく好きなことができる時間をたくさん持ってもらうことが、本当の「延命」だという考え方もあります。

 上記のことを踏まえて、次回は具体的な治療法について検討します。

(2000年2月8日)