山際さんのビジネスマンとしての日々をスナップショット。会議風景、タバコを吹かして・・・
<ナレーション>
山際さんは働き盛りの50歳男性。会社では重要な会議が続き、ストレスが蓄積している。若い頃からヘビースモーカーで、今も1日40本は吸っている。最近は疲れやすく、周りの人から「やせたんじゃない?」と言われることが多くなった。半年前から食事のときにつっかえる感じがあったが、特に気にとめていなかった。
そんな山際さん、人間ドックでバリウムを飲む検査を受けて1週間後、こんな通知を受け取った。
「食道造影検査の結果、食道上部で内腔の狭窄を認めます。内視鏡検査を受けてください。」
あまり気が進まなかったが、家族のすすめもあって、山際さんは近くの「ハルステッド病院」外科を受診、岩瀬医師による食道内視鏡検査を受けた。そして、結果説明の日を迎えたのであった。
(ハルステッド病院外科外来診察室。シャーカステンには食道造影の写真。岩瀬医師と山際さんが対面している。)
岩瀬(シャーカステンのフィルムを指差して)「これねえ、やっぱり癌だったみたい。」
山際「えっ、がん?」
岩瀬「内視鏡で除いてみた写真がこれ。いかにも癌って感じでしょ。この部分をかじりとって、その組織を顕微鏡でみたら、癌と確定したわけ。病理のレポートがこれ。はっきりと癌って書いてあるでしょ。扁平上皮癌というのは、食道癌の典型的なものですよ。」
山際「本当にがんなんですか?」
岩瀬「まあ、そういうこと。でも、安心しなさい。私は腕には自身があるから、私に任せていれば大丈夫。」
山際「手術するんですか?」
岩瀬「癌は切って治すしかないでしょ。そのために外科医がいるんだから。とりあえず、入院してもらって、がんのステージがどれくらいか検査で確かめて、それから手術の方法を決めましょう。ちょうどベッドがあくから、明日入院ということでどうですか。」
山際「えっ、明日ですか?仕事もあるし、もう少し待てませんか?急に言われて気持ちの整理もつきませんよ」
岩瀬「そんなことより体が大事でしょ。手遅れになってもいいんですか?早く切らなきゃ。」
ナレーター
こうして、山際さんの入院は決まり、入院してすぐに、超音波内視鏡やCT検査などが行われた。その結果、ステージは、4段階のうちの2期であることがわかった。ガンが筋層を超えて食道壁の外にわずかに出ているが、画像上、明らかなリンパ節転移はなく、他の臓器への浸潤、転移もなかった。
(参考に、岩瀬先生のつくったスライドの画面を示す)
食道ガンの病期分類(ステージング)
食道ガンの病期(ステージ)は次のとおりです。
・I期 (Stage I ):ガンが筋層までの浸潤にとどまっているもの. リンパ節や他の臓器にも転移が認められないもの.
・II期(StageII):ガンが筋層を超えて食道壁の外にわずかに出ているもの、あるいはガンに近いリンパ節に転移が認められるもの.
・III期(StageIII):ガンが明らかに食道壁に出ているもの、あるいはガンからやや離れたリンパ節に転移が認められるもの.
・ IV期(StageIV):ガンが食道周囲の臓器におよんでいるもの. あるいは他の臓器や胸膜/腹膜に浸潤が認められるもの.
入院後、山際さんは、胃癌で入院していた同じ部屋の患者さんから、キャンサーネットジャパンのホームページ1)をみて自分の病気のことを勉強したほうがいいとすすめられていた。それまでは、自分の体のことなのに、何が起こっているのかわからず、医者にあれやこれや難しいことを言われて戸惑うだけであったが、入院して他の患者さんと話をするうちに、「自分が主体的に医療にかかわる必要性」を感じるようになり、さっそく、キャンサーネットジャパンのホームページをみてみることにした。山際さんは仕事を理由に外出を許され、会社のパソコンで目的のホームページにたどりついた。
(キャンサーネットジャパンのホームページを操作している状態を映し出す。食道癌の情報を検索し、それから、「セカンドオピニオン外来」の文字に目がとまる。この間、山際さんのつぶやき声が聞こえている)
山際「えーっと、食道癌とは・・・、なるほど。タバコがいけなかったのかな。・・・岩瀬先生は手術しかないと言ってたけど、他に治療法はないのか。あ、ここに標準治療というのが載っている。えーっと、俺の食道癌は2期だって言われてるから、これだな。放射線治療と化学療法?えっ、手術をしなくてもいいってこと?・・・なに、手術を選択すると、手術の合併症で10%以上の人が死ぬだって?・・・
ん、セカンドオピニオン外来?無料?JEDI病院? そうか、他の医者の意見も聞いてみるのか。これはよさそうだな。手術で死ぬなんてやだし、今のところで治療を受けてしまうより前に、納得できるまで勉強して、情報を集めよう。よし、ここに電話すればいいんだな。」
(電話を受ける酒井さん)
「(セカンドオピニオン外来の説明のあと、)では、9月3日にJEDI病院のセカンドオピニオン外来までお越しください。その前に、必要な情報、相談概要を必ずファックスでお送りください。当日は、今入院している病院からの紹介状や資料などを持参していただくと助かります」
(再び病院に戻った山際さん、岩瀬医師に退院を申し出る)
山際「もう少し納得できるまで情報を集めたいので、退院したいのですが」
岩瀬「来週に手術の予定が組んであるんですよ。この私が手術してあげるというのに、それを拒否するんですか。」
山際「え、まあ、というか、まだ、気持ちの整理がつかなくって。食道癌では手術しなくても放射線と抗がん剤で治療ができるという情報をみたんですけど、それは本当なんですか。」
岩瀬「まあ、確かに欧米ではそういうやり方もあるみたいだけど。でも、日本ではやっぱり手術だよ。それに、私は腕がいいんだから。」
山際「それはわかっていますが、他の先生の意見も聞いてみたいんです。」
岩瀬「セカンドオピニオンだね。最近そういうことを言い出す人が増えてるよ。まあ、反対はしないけど、そんなことをやっているうちに癌はどんどん進行するんだからね。」
山際「それもそうなんですが、やっぱり納得できないまま治療を受けるわけにはいかないんです。『セカンドオピニオンを求めている間に進行する確率は低く、納得できないで治療を受けるよりは、少し時間をとってセカンドオピニオンを求めたほうがいい』って、ホームページに書いてありました」
岩瀬「仕方ないね。まあ、くれぐれも後悔しないように。」
山際「これまでの検査データやフィルムの貸し出しをお願いしたいんですが。」
岩瀬「わかったよ。紹介状も書いとくよ。どこの病院に行くの?」
山際「JEDI病院です。」
岩瀬「JEDI病院?」
(Tumor board conference)
参加者:吉田先生(外科)、柴田先生(放射線科)、高野(内科)、木谷先生(緩和)
吉田「えー、今日話し合う最後の患者さんは、山際光一さん50歳男性、食道癌ステージ2の方です。この方は、健診で食道癌が疑われて、ハルステッド病院の岩瀬先生が診断しています。岩瀬先生からは手術をすすめられていますが、キャンサーネットジャパンのホームページで食道癌の標準治療として放射線治療と化学療法の併用もあるということを知って、セカンドオピニオンを求めておられます。今日これから私のセカンドオピニオン外来を受診されますので、それまでにここで皆様の意見をお聞きしておこうと思いまして。 外科医の私から言わせてもらうと、やはり、第1選択は手術になるかと思いますが、放射線療法や化学療法の選択肢が示されなかったのは問題だと思いますね。放射線科の柴田先生、いかがですか?」
柴田「アメリカのNCIが出しているホームページ2」をみると、食道癌ステージ2の標準治療として、1番目に手術、2番目に化学療法と放射線治療の併用、または、化学療法と放射線治療の併用後の手術、というのが書かれています。手術も、化学療法プラス放射線治療も、どちらも標準的な治療と考えていいと思います。そのどちらがいいのか、ということについては、実はこれまでにきちんとしたランダム化比較臨床試験がなされておらず、結論は出ていません。私の知る限りでは、一つの小さな臨床試験3)があるのみです。去年Cancerという雑誌に載ったものですが、99人の手術可能な食道癌患者さんをくじ引きで分けて、一方には手術、一方には放射線治療を行っています。その結果、わずかですが、手術の方が、飲み込みの機能改善が大きく、生存率も高かったようです。」
吉田「では、やっぱり、第1選択は手術ということになりますね。」
柴田「この臨床試験だけでそこまでは言えないと思います。放射線治療には化学療法を併用した方が効果が高いことがわかっていますので、手術と、放射線治療プラス化学療法を比較した臨床試験が行われるべきです。いずれにしても、手術と、放射線治療で治療効果が劇的に違うわけではないですので、治療に伴う体の負担を考えれば、放射線治療を選ぶのも妥当な判断だと思います。内科の高野先生はどう思われますか?」
高野「手術で取りきれるなら手術、という発想も間違っていないと思いますが、食道癌の場合、手術が行えたとしても、5年生存率は5〜20%と低く、完全に治すのはもともと難しいわけです。ですから、完全に治すという目標には少し無理があります。残された時間がそれほど変わらないのであれば、できるだけ体にやさしい治療法を選ぶべきではないでしょうか。食道癌の手術では、約10%の方が手術の合併症で亡くなるわけですし、後遺症も無視できません。もちろん、放射線治療や化学療法にも副作用がありますが、もし、患者さんがそれらの合併症、副作用について正確な情報を得た上で、手術をしない選択をするのであれば、その決断は尊重されるべきだと思います。」
吉田「ステージ2なので、手術で完全に治せる可能性もあり、目標は根治においてもいいのではないでしょうか。多少つらくても、50歳という若さであれば、十分に手術に耐えられると思います。より根治の可能性の高い治療法を選ぶべきじゃないですかね。緩和ケアを専門にしている木谷先生はどうお考えですか。」
木谷「食道癌の場合、根治だけを目指すでなく、症状緩和を念頭において治療を行う必要があると思います。今、食べ物を飲み込むのに少し不自由があるようですが、この症状を緩和するのが、今後の治療の大きな目的になります。食道の狭窄をとるのであれば、もちろん手術が一番いいわけですが、今程度の腫瘍の大きさであれば、放射線と化学療法でも十分に改善できると思います。手術の場合、術後、しばらくは食事ができませんし、縫合不全が起きれば、その期間はさらに長くなります。また、胃液の逆流など、食事のQOLが下がる要素はたくさん起こりえます。その点、放射線治療であれば、治療中もある程度QOLが維持されます。これらのことは、きちんと患者さんに説明するべきでしょう。」
吉田「つまりは、患者さん本人の考え方次第ということになりますね。では、もし、患者さんが、どんなにつらくてもいいから、一番効果のある治療をしてほしい、という希望を持っていたらどうしますか。手術と、放射線と、化学療法をすべて行うとか。」
高野「これまでに手術とほかの治療法の組み合わせはいろいろと試されています。まず、手術の前やあとに化学療法を加える方法ですが、これについては効果が証明されたことがなく、行う意味はないと思います。手術の前に放射線治療を行うという方法については、これまでに行われた臨床試験の中で信頼度の高い5つのデータをまとめた結果4)が今年出されましたが、これによると、手術前の放射線治療は生存率にほとんど影響しないか、あっても3,4%程度の改善にとどまるようです。
化学療法と放射線治療の併用療法を行ってから手術を行うという方法については、第2相試験5)〜10)ではある程度の効果が示されていましたが、96年のJCOという雑誌で報告された第3相試験11)、つまり、手術のみとの比較試験の結果では、生存率に差がないと報告されています。つまりは、手術にほかの治療を加える意味はあまりないことになります。手術以外の治療を加えると、手術関連死も明らかに増えるようですので、手術を行うのであれば、手術だけで治療を終了するのがいいかと思います。」
柴田「さきほどもいったとおり、放射線治療を行うのであれば、化学療法の併用は意味があります。99年のJAMAという雑誌で報告された臨床試験12)によれば、放射線治療プラス化学療法での5年生存率は26%、放射線治療のみでの5年生存率は0%でした。別の報告13)によれば、2年生存率で27%対12%という結果でした。当然のことながら、治療中の副作用は併用の方が強いですが、治療後の副作用に違いはなかったそうです。ですから、放射線治療には化学療法を加えるのが妥当だと考えます。放射線治療プラス化学療法のあとに手術が行った臨床試験によれば、放射線治療プラス化学療法によって、25%の患者さんで、癌が病理学的に完全に消失していたことがわかっていますので、この治療でも根治の可能性はあるわけです。」
吉田「わかりました。まとめてみると、山際さんに対する治療としては、手術のみか、放射線治療プラス化学療法、という二つの選択肢が勧められることになりますね。その他の組み合わせは、これまでの臨床試験の結果からは、あまり勧められないわけです。そして、もう一つ大事な点は、いずれの治療を行っても、5年生存率は5〜20%と低いということで、根治だけを考えるのではなく、QOLを考慮した治療が重要だということになるわけですね。手術のみと、放射線治療プラス化学療法については、これまでに比較試験が行われていないので、どちらがいいのかわかりませんが、効果に劇的な差はなさそうですので、患者さんがどちらを希望するか、という問題になるのでしょう。みなさん、貴重な意見とデータをありがとうございました。このあと、患者さん自身にここで話し合った内容を伝えて、治療方針について考えてもらうことにします。」
(セカンドオピニオン外来、吉田先生と山際さんが向き合っている)
吉田「山際さんですね、JEDI病院外科の吉田と申します。急に癌と知らされて、だいぶ戸惑っておられたようですが、その後いかがですか。」
山際「もう目の前が真っ暗になって、でも、何もわからないまま入院させられて、納得できないまま手術されるところでした。今は少し落ち着いてきましたが、やっぱり光は見えてきません。食事がつかえる症状も日に日に悪くなっているようで、よくかまずにものを食べると吐いてしまいます。精神的なものなんでしょうか。」
吉田「だいぶつらいことだと思います。ただ、今はこれからの生き方を考える上でとても大切な時期です。これから治療方針について検討しますが、納得できない点があったら、必ず質問して下さいね。
山際「はい」
吉田「送っていただいた情報をもとに、当病院の放射線科医、内科医、緩和ケア医との話し合いを行いました。その結果をまとめたのがこれです。」
(TBCで得られた結論がわかりやすく書かれている)
ナレーション「吉田医師から、山際氏へ、治療法の選択肢、それぞれで期待される効果、副作用、治療の目的などについてわかりやすく説明がなされた。」
山際「やっぱり厳しいわけですね。正直言って、ショックです。でも、わかりやすく説明していただけて、頭の中は少しすっきりしてきました。今すぐには結論は出せませんが、家族や知人とも話し合って、納得できる治療方針を選択したいと思います。」
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