「もっといい日」

「もっといい日」2002年7月号
2002年ASCO(米国臨床腫瘍学会)リポート2

IT時代に国際学会に参加することの意義 


■IT時代に国際学会に参加することの意義
ASCOには毎年、世界中から25000人を越える専門家が集まり、日本からの参加者も数多い。ここでの発表内容が、日本の医療現場に反映されるというのも、ごく当たり前となってきている。しかし、学会の発表内容を知るだけであるならば、あえて、診療を休んで、遠い所まで行く必要はない。IT(情報技術)の進化により、あらゆる情報が、インターネットを通じて、世界同時に共有できる時代となっており、ASCOの情報も例外ではない。公式ホームページ(http://www.asco.org/)で、ASCOで発表される約3000の演題の抄録を見ることができるし、「バーチャル・ミーティング」というのをクリックしてみれば、いくつかのセッションについて、スライドと音声がそのまま流れてきて、会場にいるのと同じ感覚で情報を享受できる。たとえば、ここで私が紹介したイレッサについての情報にしても、すべて日本にいながらにして入手できる内容である。
それではなぜ世界中の医師たちがASCOに集うのであろうか。ある先輩医師は、われわれが国際学会に参加する意義は、発表される情報をただ日本に持ち帰ることではなく、次の3点にあると言った。
1)世界中の医師たちと共通の視点に立ち、がん医療について議論するということ。
2)国際的なネットワークをつくり、常に情報交換をしていくということ。
3)日本での取り組みを世界に紹介するということ。
外からやってくる情報をただ受け取り、日本の患者さんに当てはめるということではなく、日本と世界の垣根を取り払って、国際的な取り組みの中で、患者さんにとっての最善の医療を追究していく時代となってきたということだろう。
情報収集に主眼を置くなら、物見遊山で海外の学会に出かけていくよりも、日本で診療を続けながらインターネットを探索した方が能率がいい、というのがIT時代である。そんな時代に、患者さんを日本に残して出かけるからには、単なる情報以上に、患者さんの恩恵につながるものを手に入れなければいけないし、日本医療の質の向上に貢献しなければいけないだろう。

■患者さんと学会との橋渡し
IT革命は、患者さんと医者との垣根も低くした。かつて、こういう学会は医者だけのためにあったのかもしれないが、今はその論理は通用しない。学会から発せられる情報は、患者さんも手に入れようと思えば簡単に手に入る時代なのである。
しかし、インターネットや、マスコミなどを通じて伝えられる情報は、雑多だったり断片的であったり、伝える人間の信念や利害関係による偏りがあったりする。患者さんは、次々と押し寄せてくる情報に翻弄されることなく、情報の波の中から自分に適したものを見分け、タイミングよく波に乗っていくべきなのだが、そのためには、適切なガイド役が必要である。医者には、情報の質を客観的なルールに基づいて判断し、患者さんの波乗りを手助けする役目が求められる。患者さんと医者とで治療目標と適切な情報を共有することができれば、より納得できる医療が行えるはずである。
ASCOは、今年、がんの患者さんとご家族を対象としたインターネットのサイト”People Living With Cancer(がんとともに生きる人々)”(http://www.plwc.org/)を開設した。患者さんががん医療を受けていく上で役に立つ様々な情報を検索できるようになっており、まさに患者さんと学会との橋渡し役となっている。学会が医者のためだけにあるのではないということを象徴的に示す取り組みと言えるだろう。本誌のような一般向けの雑誌に、堂々とASCOの報告が掲載されるということもまた、時代の流れと言えるかもしれない。
医者が、患者不在の研究を行い、その結果を独占するという時代は終わった。学会で発表される臨床研究は、患者さんの協力なくしては成り立たないし、患者さんに恩恵をもたらすことを第一に考えたものでなければならない。そして、その結果は幅広く公開され、患者さんのために活用される。
学会で報告されるデータの裏側に、患者さん一人一人の切実な想いがあることを、医者は忘れてはならないだろう。

私自身は、がんの臨床について勉強を始めたばかりの駆け出しの医者であり、今回のASCOでも、「端から端まで1マイル(1.6km)もあるという巨大な建物と、怒涛のように押し寄せてくる情報に圧倒されていた」というのが正直なところである。半ば自省の念をこめて、本稿を書かせていただいた。
「学会出席のため本日休診」という外来の貼り紙に、疎外感を感じたことのある方も少なくないだろうが、これからの「学会」は、患者さんにとって、もっと身近なものとなるべきだと思う。