「もっといい日」

「もっといい日」2000年12月号
がんが薬で治る時代は来るのか
対談            高橋豊(金沢大学がん研究所/外科)
               高野利実(東京共済病院/腫瘍内科)

手術で取れない、目に見えないがんを退治するのに効果を発する抗がん剤。しかし、一方で副作用がきつすぎたりして、かえって命を縮めているという批判もある。また、標準治療が確立されていない日本では、外科ががん治療に大きな権限を持ち、内科医や放射線科
医との連携が必ずしもうまくいっていないという声もある。
本誌では、11月号で副作用の少ない「がん休眠療法」について寄稿してくれた外科医の高橋豊氏と、患者の幸福を治療の基本に据え「ヒューマン・ベイスト・メディスン」を掲げる内科医高野利実氏に、抗がん剤医療をめぐる問題や展望を率直に話し合っていただいた。

※がん休眠療法・・・高橋氏が提唱する抗がん剤の投与法で、がんの縮小にこだわらず、がんの増殖を止めて眠らせることを主眼においた治療。高橋氏は、抗がん剤にはがんを強い策する効果のほかにがんを眠らせる効果があり多くのがんでは後者が延命に寄与することを示した。実際、カンプトと呼ばれる抗がん剤でこの治療に成功。また、現在欧米を中心に開発されている増殖抑制剤や血管新生抑制剤など、21世紀の治療薬は、作用機序から見て、がんを眠らせることが主な目的であり、休眠療法の考え方に合致する。

医師と患者の間で目標を共有する
――まず最初に抗がん剤治療の目的からおうかがいしたいのですが。
高橋  抗がん剤とは何かというところから考えていきますが、抗がん剤はがんを特異的に殺す薬ではなくて、増殖の速い細胞を殺す薬です。そうしますと、身体の中にある増殖の速い細胞、骨髄とか消化器の粘膜とか、髪の毛とか、そういったところで、どうしても正常細胞にも副作用が出てしまいます。すごく抗がん剤が効くがんというのは、増殖が極めて速くて、抗がん剤の副作用がでない量でがんが死んでしまいます。しかし胃がん、大腸がん、非小細胞肺がんなどの多くの固形癌は、成長の早い細胞との差がないので、致死的な副作用を出さずに、がんを全部殺すというのは始めから不可能だと言わざるをえません。
高野  そうですね。いま何が問題かというと、患者さんが抗がん剤に希望することと医者が目指しているものが乖離しているということですね。それぞれの場面でそれぞれの目標があります。それは、あるときには根治であったり、延命であったり、また症状緩和であったりするわけですが、患者さんと医者が目標をしっかり共有するということがまず大事だと思います。乖離していると、ボタンの掛け違いで、医者が思っていることと、患者さんが思っていることとがずれていって、最終的には何のために治療しているのかがわからなくなってしまいます。
高橋  外科手術は少なくとも99%のがんを切除しているんですね。それでも、再発してきて困ってしまうのです。現在の抗がん剤治療では、腫瘍の大きさが面積で50%になれば有効という判断をしています。がんを縮小させれば延命が得られると信じて抗がん剤治療をされているのですが、実はそうでもない。EBM(科学的根拠に基づく治療)といいますが、縮小が延命につながるかどうかの根拠がなく、その根本的なことが抜けていると思います。
高野  臨床試験において、治療効果を評価するための指標を『エンドポイント』と呼びます。今まではエンドポイントとして腫瘍縮小率を使うことが多かったのですが、それが『生存期間』を反映するものでないことがわかってきて、最近はきちんと生存期間で評価しようということになっています。しかし、医療の目的は「人間の幸福」にあるわけですので、生存期間だけにとどまらず、「QOL(生活の質)」もエンドポイントとして組み入れるべきだと、私は考えています。QOLは客観評価が難しいのですが、将来的にはQOL×生存期間(Y)、QOLYがエンドポイントとして重視されるようになると思います。その意味でも高橋先生のTumor Dormancy Theraphy(がん休眠療法)が有用ではないかと思うのです。

がん休眠療法の効用

――休眠療法についてお伺いします。抗がん剤の量を減らし、縮小よりも延命を目的に治療をしますと、若干長い期間投与されるようですが、副作用は軽減されるのでしょうか。
高橋  量を減らせば副作用は軽減されることはいうまでもありません。今の抗がん剤の量の設定というのは効く量ではなくて、副作用がギリギリ出ないという量なんです。ですから一般の医療に広まりますと、いろいろな患者さんに投与しますから、副作用が強く出る人も当然います。ですからがんの縮小ではなくて、増殖を抑えるという目的で量を設定すれば、かなり少量で目的を達成するし、副作用も減るのです。そうすることで長期間の投与が可能になり、延命につながります。
――体に与えるダメージも小さいわけですよね。
高橋  かなり少ないです。
高野  今までの治療だと、根治を目指すとか縮小を目指す治療ですから、体にもきつい。しかし、日本には「がんと闘う」という土壌があって、どんな辛い治療でも耐えぬいて、闘いぬこうとするのです。でも、結論としてそれは命を縮めていることすらあるのです。そこの発想を転換して、がんとうまくつきあうことにする。うまくつきあうということは長くつきあうことと矛盾しません。これからのがん医療の目的は、根治しないかもしれないけど体の中にあるのは認めて、がんとうまく長くつきあう方向に進むべきではないでしょうか。
高橋  ちょっと聞きますと、なにか、治らないというふうにお考えになるかもしれませんが、他にも、糖尿病、高血圧、喘息など治らない病気はたくさんあります。そういった病気では、現状維持を目指してコントロールをしますよね。このような病気が怖くないのはコントロールができるからです。今、がんでも、コントロールできるような治療がどんどん出てきました。それが20世紀の成果じゃないかと思っています。
――それは、今ある抗がん剤でできることなんですか
高橋  現在開発されつつある薬剤は、がんの増殖とか、転移を抑制する薬がほとんどですから、がんをコントロールするという考え方に合致したものだと思います。実際欧米でも、これまで縮小率しか見てなかったのですが、今は縮小率とTTP(増殖の抑制期間)、この二つを同じ重みで判定しています。近いうちに、縮小よりもTTPの方が重要だということになる可能性が高いと思われます。

副作用のコントロールが大切

――抗がん剤治療は、ほかにどのような問題点を抱えているのでしょうか。
高野  副作用対策が省みられず、ただ効けばいいということでやってこられました。副作用は我慢しなさいということですよね。それで闘いぬいて、壮絶ながん闘病記がたくさんでてきました。患者さんも闘いたがるし、医者もそれに応じてどんどん強い抗がん剤を次々と提供していく、とういのが今までの医療でしたが、そうすると根治という目標に到達できないときが来るんですよね。治るという幻想に向っていくと限界にぶつかって、体はさんざん疲れ果てて患者さんに残るのは絶望だけ…。そうではなく、最初からがんと共存するという方向に切り変えていく、がんとうまく長くつきあうとう発想でいくほうが、体にも優しいし、延命にもつながるわけで、そこに希望を見いだせると思います。
――研究者にとって、根治に駆りたてられる欲求はないのでしょうか
高橋  難しい質問ですね。がんというのは、ほんとに巨大な敵です。闘うのが無謀だといってもいいかもしれません。例えばですね、長寿は可能か、あるいは今の50代の人を20代に若返らせることは可能かと同じぐらいの難しさだと思います。今の場合は、がんと闘うか逃げるかの二つの選択肢しかないんです。だから、第三の選択肢を提供したいと考えています。

抗がん剤治療は、目的をはっきりさせる

――抗がん剤治療を始める患者さんが気をつけるべきことはあるんでしょうか
高野  目的をはっきりさせることです。乳がんの術後補助療法のように根治を目指すものであれば、多少の副作用は理解していただけると思います。しかし、再発後となると話は別です。再発後は、抗がん剤で腫瘍をゼロにすることはできないんだという前提を患者さんも医者と共有して、目標を定める必要があります。これが腫瘍とうまく付き合うということだと思います。そのための方法として、今まで確立しているものから臨床試験で取り組まれているものまで、いろんな選択肢を用意してそれぞれのメリットデメリット根拠を提示して、話し合って行くことが大事です。
――あまり抗がん剤が効かない消化器系のがんでも抗がん剤治療はするのですか。
高橋  術後の補助化学療法というのは、微少転移を大きくしないというのが目的ですね。再発してくる時間を遅くするということです。がんの再発が80代ででれば、皆さんそんなに困ることはないんです。そういう発想です。
――抗がん剤治療を拒否する人はいらっしゃいますか
高野  ええ、いらっしゃいますよ。
高橋  多いですね。
高野  今は、二極化しているんですね。治療効果が証明されている方法であっても、抗がん剤治療は一切受けたくないという方か、たとえ効果が証明されていなくても、ありとあらゆる治療をやってみたいという方か。前者の方は「じゃあさようなら」と見捨ててしまい、後者の方にはどんどん強い治療をやっていくのが今までの医療でした。どちらの人も納得できる、穏やかな治療法を提供できるのが、がん休眠療法じゃないかと思っています。
高橋  最近、主治医が何もしてくれないと言って私のところへ来られた患者さんに、ひどい転移がありました。このような状態でも、抗がん剤治療は一切しない医師が増えているのだと思います。学会に行けば効かないといわれ、マスコミにも効かないと言われ、ちょっと副作用があると非難されるわけです。仕方ないかもしれませんが。
――改善することはできないんですか。
高野  それを改善するのが、EBMですよね。患者さんもある程度インターネットなどで、知識を持ってほしいです。 実際乳がんの場合には、病状が落ち着いてるときは抗がん剤治療をやらない方が延命するというような臨床試験も出ています。ただ、そこにはがん休眠療法の考えはないんですけど、やるかやらないかだったらやらない方がいいということです。
そういうエビデンスを知っておいて、話をしていきたいですね。
――アメリカでは標準治療というものが確立されているそうですが、日本ではどうしてそういうものができてこないんですか。
高橋  臨床試験が難しいということがあると思います。どうしても大学というところとは自分のところでデータを出さなきゃいけない。それで、なかなかみんなが集まってやるのは難しいというのはたしかにありますよね。
高野  僕は、キャンサーネットジャパンという団体のボランティアをやっているんですが、ここではエビデンスを重視した情報提供を行っています。新しい治療、例えば血管新生抑制剤などはこれから効果が証明されてくると思いますが、いまの段階ではエビデンスがないということで、基本的にはおすすめできないということになります。治療として行なえるのは、標準治療として確立したものか、将来的に標準治療となりうる可能性を秘めた臨床試験ですよね。その臨床試験というのが日本ではほとんど行なわれないので、かといって標準治療が行なわれているわけではないというのがいまの日本の現状です。
――日本で臨床試験を受けるのは難しいですか。
高橋  難しいですね、やっぱり。告知の問題もありますし、お互いにまとまるというのが苦手というか。たしかに変えていかなくちゃいけないとみなさん言ってるけど、なかなか……。

切除、放射線、抗がん剤の組み合わせ
――がんには切除や、放射線療法と、いろんな治療法がありますが、いろいろ組み合わせて抗がん剤も取り入れたほうがいいんですか。
高野  もちろんそうです。がん患者の一人ひとりの進行度を把握して、手術や抗がん剤、放射線などの治療の優先順位を選択していく。これが高橋先生が必要だとおっしゃっているメディカルオンコロジストですが、ぼくもまったく同意見です。同時に今の段階で横のつながりというのは必要だと思います。たとえば乳がんだと、外科の先生に最初にかかって、ほかの内科の意見とか聞く機会もなく治療方針もだいじなことも決められて、温存術のあとだけ放射線当てるからこれだけ当ててくれと放射線科に依頼して、放射線科も言われたままにやるというかんじなんですね。だから主導権はすべて外科にある。このまえの8月号で外科を批判したように書かれてしまったのは、一面そういうことだと思うんですけど。外科医のなかには、高橋先生のようにバランスが取れた方だけではなくて、限界が見えてるのに、限界に挑戦しようとする、自分のメスを信じてすべてそれで解決しようとする方がいらっしゃる。で、そういう先生のところにかかってしまうと、患者さんは決して幸福ではないわけです。
高橋  ですからがんを扱う外科医はやはり抗がん剤とか放射線、ほかの治療法の選も知った上でやらないと、手術に関してもどこでひくべきかとか、どこまで拡大すべきかとか、わからなくなってきますので、それは絶対必要だと思います。
高野  外科内科ということでなくて、もっと大きい枠組みだと思いますね。
――いくつもの臓器を取る手術を受けられる方がいます。そういう手術は延命につながるのでしょうか。
高橋  外科の歴史から言いますと、やはり抗がん剤がまったく効かないというイメージが強かったので、取るしかないと。一生懸命あっちこっち取るっていうのは、抗がん剤でいうと、いっぺんにたくさん投与するのとよく似た発想だと思うんです。しかしそのような手術によってがんを治癒させることは難しいとわかってきました。たとえば膵臓がんで、膵臓を全部切除する手術が成されてきましたが、その結果は延命につながらなかったと言う反省の発表が多いですよね。
――では、抗がん剤の有効性を認める外科の先生は、手術に消極的になってきているのでしょうか。
高橋  消極的ということはないんですけど。バランスよく、ここまで手術で取って、ここから先は抗がん剤というように考えます。
――「切らずに治す」にこだわる人も、いますよね。
高橋  まあ、たしかに手術というのは、体の中の組織をたくさん取ってくわけですから、たいへん荒っぽい治療かもしれません。ただ、今がんを完全になくす一番確実な方法は手術だということも理解してほしいと思います。つまり手術で治るものと治らないものの区別をしっかりすることが、非常に大事だと思うんですけどね。
高野  そう思いますね。切りたがりの外科医と、抗がん剤使いたがりの内科医と、放射線当てたがりの放射線科医が暴走するのを抑える目的で、3者が顔を合わせて会議を開くような場が普通になるのがいいですね。
――そういうチーム医療は、東京以外の地方ではどうなんですか。
高橋  それはなかなかないですね。地方だと、消化器系では抗がん剤をやっている内科医も少ないですよね。外科医の先生がやってます。

21世紀のがん治療

――2、3年の短い期間を考えて、特効薬ができるなど、希望のある話があったら聞かせてください。
高橋  最近遺伝子の解析が進みまして、がんと正常細胞の違いが分子レベルでわかってきています。それが、20世紀後半の最大の功績です。来世紀はそれを応用した治療が開発されると思います。がんを殺すのではなく、正常細胞に近づけるのがゴールになると思います。
高野  症状緩和目的で、がんとうまく付き合う治療が進むと思います。がんを完全になくすというブレイクスルーは、今後一千年かかってもないと思います。というのは、人間が人間である以上がんになるのは宿命です。がんというのは病気というよりは老化現象に近いものですから、避けられません。それを理解したうえで、その先に希望を見出してほしい。
高橋  全く同じ考えですね。がんを怖がるなら、自分のことを怖がらなくちゃいけません。
――投与量というのは、使う医師に任されているのですか。
高野  基本的な標準治療法というのは決められていますけど、必ずしもそれは守られていないようです。そのせいで副作用が大きいこともあります。
――個体差もありますよね
高橋  厚生省から薬として認可をもらうときに、ある程度の縮小率が出ないとだめなんですよ。ですから多めに設定されるものが多く、そのままいくとだいたい強い副作用がでますよね。抗がん剤で完全に治癒する人はほとんどいないのに、副作用で死んでいく患者さんがいると、何のために抗がん剤治療をやっているかわからないです。これは充分気をつけていきたいと思います。
高野  EBMを重視する立場からいいますと、やはりそれは臨床試験で出さなければいけないと思います。
高橋  今はまず縮小があって初めて、次に延命があるかどうかの試験がなされます。私としては、縮小を目指さない治療で、延命があるかという試験をやってほしいと思います。
高野  今は生存期間をエンドポイントとするべきだということが一つと、最初に言ったQOLY、QOLの評価も含めてやるべきだと、それはがん休眠療法はかなりいい結果を出すのではないかという期待もあるのですが、いまの段階だとエビデンスがないという苦しさがあります。ですから、できれば臨床試験を協力してやっていけたらなと思うんですけど。
高橋  非常に重要なポイントだと思います。
―そうしますと、日本全国で患者さんが標準的な治療をうけることができるということにつながっていきますよね。
高橋  少なくとも私は、臨床試験を解析して、さきほどいったTTPが長い症例の生存期間は、縮小をえた症例の生存期間に匹敵するんだというデータを欧文誌に発表しました。要するにNC(ノーチェンジ、腫瘍の大きさは変化しない)これをどう評価するのかにかかっています。普通縮小しなければいけないという教育を受けると、NCだから無効なんですよね。じゃ、抗がん剤を変えなくてはいけない、あるいはもっと量を増やさなくてはならないという発想になることが多いんです。NCでもいいんだという発想をしていたただければいいんです。
高野  それ以上に、やっぱり僕は、その時点で患者さんが感じている症状が治療対象となるべきだと思います。日本はだんだんずれていってくるんですよね。お医者さんたちは腫瘍の大きさを見るし、さらには腫瘍マーカーという属性を治療してるかのような人さえいるわけなんですね。やっぱり一番大事なのは患者さんの症状で、腫瘍マーカーの大きさが必ずしも腫瘍の大きさを反映していないこともあるし、腫瘍の大きさが必ずしも症状を反映していないこともあります。NCであっても症状がとれるかもしれないということもありますので、QOLをより重視してほしいと思います。
――がんで亡くなるということは最終的にはどういうことでしょうか。腫瘍が大きくなりすぎて、物理的に体内が圧迫され、亡くなるということなのでしょうか?
高野  場所にもよりますけど、機能不全とか、いろいろですね。
高橋  たとえば、肝臓の腫瘍では、肝臓の機能が生体を保てなくなるくらい肝臓が腫瘍で占められたとき、要するに肝臓の8割をがんが占めたとき患者さんは亡くなります。
――その間、本来の細胞は何をしているんですか。

症状がなければ、がんを無理に攻撃しない

高橋  本来の正常細胞は浸潤によりどんどん減っていきます。新しい細胞が生まれようとする力はあるのですが遅いのです。がんのほうが速いので、追いつかないのです。休眠療法をやっていますと、がんの速度を遅くしますので、肝臓の正常細胞が成長する速度とあまり変わらない。そこで、どんどん肝臓が大きくなってきます。がんの大きさは大きくなっていきますが、症状とか肝機能とかはかえってよくなる可能性があります。そういう症例もあります。かなり肝臓が大きくなってしまうんで、それはまたそれで圧迫症状があるので困るのですが…。肝臓の機能だけみれば、非常にいい状況を生みだして、正常の肝細胞を再生するということですね。
――高野先生は、がんは小さくならなくても、身体の状態がよくなればそれでよいと思われますか。
高野  そうですね。乳がんなんかは結構おだやかながんなんです。肝臓転移は多いのです。が、肝臓に転移をしててもそんなに悪さはしないんです。かなり大きい肝臓がんが画像には写り、GOTとか、GPTとか幹細胞が壊れているという指標は高くなってくるのですが、タンパク質を作る能力とか老廃物を処理して排泄する能力などの肝機能などは保たれていることが多いです。症状もないわけです。僕たちの基本方針は症状がなければ積極的な治療は控えるという考え方でいますので、そこにがんの休眠療法が入ってくるのだと思います。今の段階では積極的治療はやらず、症状が出てきたときにその症状を対象に治療を開始するというのを原則としています。もちろん、患者さんとの話し合いで、やっぱり闘いたいという人も中にはいますから、そういう人には穏やかなタキソテール毎週投与法とかをやったりとか、エビデンスとして確立した方法から選んでやっています。

――いろいろ対談の前に疑問に思っていたことがクリアになってきたと思います
高野  今の世の中は医者の立場でも、いくつかのタイプがあると思うんですね。まず1番目は、腫瘍を小さくするということをエンドポイントとして考えて、それを目標に抗がん剤を重ねていくという方法です。2番目として、今急速に出てきている代替医療をやれという人たちです。これは根拠のない医療で、悪い言葉でいうとお金もうけをしているかのような治療ですね。3番目近藤誠先生とかはがんと闘うなということで、再発したら何もしないという立場ですね。何もしないと言って患者さんは困っちゃうんですよね。きちんと緩和医療を提供してくれればいいのですが、それすらもしてくれないんです。

多数の患者の延命につながる抗がん剤治療を

高橋  そこの1番目と3番目の間で悩んでしまった人が、2番目の代替医療に頼らざるを得なくなる。それで、お金と時間を無駄にしているということは確かにありますよね。私のがん休眠療法というのは、4番目になるのだと思います。しかし、何も特殊なことではないし、私しかできないということでは全くありません。誰でも考え方さえ変えていただければ、自分でいろいろな治療ができると思います。そして、それこそが医療だと思います。特別な人しか施せないような治療は、私は医療ではないと思いますね。がん休眠療法、は特別な薬剤を使うわけではなく、考え方を変えましょうという発想の転換であって、明日からどなたでもやれる治療なのです。抗がん剤治療というのは一発勝負であってはいけないと思います。一発勝負という表現の記事の中にはうまくいった人しかでてきていませんが、その陰にはいっぱい失敗したひとがいるわけですね。そういうのは間違っているんではないとか思います。私どもの経験では、休眠療法に持っていけば、7、8割くらいうまくいくのですが、これを縮小を目的にすると2、3割しかうまくいきません。そのへんをぜひ理解していただきたいと思います。

限界を知るところから始まる新しい医療

高野  僕自身は、EBMを原則にしつつも、究極のエンドポイントは人間の幸福だという立場に立ち、「ヒューマン・ベースド・メディスン」(人間の人間による人間のための医療)というのを掲げています。患者さんも医者も、積極的治療の限界を知ってほしい。しかし積極的治療が限界にきたからといって、医療の役割が終わるわけではなく、そのあとでこそ医療が果たす大切な役割がたくさんあるのです。緩和医療もその一つです。緩和医療の中にも積極的治療もバランスよく組み入れていくべきです。そういう考え方をしていたので、がん休眠療法を知ったときは、あ、これだという感じだったわけなんですね。今、このようにいろいろな考え方が出てきている中で、患者さんはどうやって何を選んでいくのかというところだと思います。休眠療法には、日本発のエビデンスになってほしいと思います。