QOL、クオリティー・オブ・ライフ。「ライフ」というのは、「いのち」「生命」「人生」「生活」などと訳される。「クオリティー」というのは、「質」のことで、「クオンティティ(量)」と対となる言葉である。つまり、QOLとは、「いのち」「生命」「人生」「生活」の「質」ということになる。
医療とは、人間の生命をめぐる営みである。そして、生命には、「量(長さ)」と「質」がある。生命の量を多く(長く)すること、生命の質を上げること、その二つが医療の目的なのである。
今までの医療において、より重視されてきたのは、「生命の量」であった。病気をたたくことで生命を救い、延命することが、医療の至上目的であり、そのためには、「生命の質」が下がることもやむを得ないと考えられてきた。
医学や医療技術の発達もあり、確かに、平均寿命は延びた。しかし、医療が「生命の量」を増やした結果として、人間の幸福も増えたかというと、必ずしもそうではないように思える。医療の根本的な目標は、「人間の幸福」にあるはずだが、「延命」という医療の一側面が肥大し、いつしか本当の目標が忘れ去られてしまったのである。
こういう医療の方向性に危惧を抱いた人たちが、「QOL」という言葉を世に送り出した。「生命の量だけではなく、その質(QOL)も重視しよう」という素朴な訴えであるが、QOLという特別な言葉を持ち出さなければこの訴えが響かないほど、医療は偏ってしまっていたのである。
豊かな「人生」、充実した「生活」、いきいきとした「いのち」---そういったものがあってはじめて、生命の長さにも意味が出てくる。QOLを高めることによって、生命に彩りを添えるというのが、これからの医療に求められる重要な役目なのである。
QOLの議論においては、しばしば、「量か質か」ということが論じられる。「生命の長さ」と「QOL」のどちらを選ぶのか、ということである。「命が少しでも延びるなら、どんな苦しみを味わったっていい」のか、「苦しむくらいなら早く安楽死したい」のか。
しかし、このように二者択一でしか考えられないというのは、悲しいことである。「量をとったら質はない」「質をとったら量はない」というきまりがどこにあるというのか。重要なのは、「量か質か」ではなく、「人間の幸福」を見据えた上での、量と質のバランスである。
生命の量を目指す医療を「積極的治療」、QOLを目指す医療を「緩和医療」と呼ぶことがあるが、日本では、とことん「積極的治療」が行われ、策が尽きたところで「緩和医療」へ切り替えられることが多い。しかし、思うに、がん医療のどのような場面であれ、「積極的治療」と「緩和医療」の両方が、バランスよく取り入れられ、患者さんにとって最善の医療が行われるというのが理想である。積極的治療を行っているときでも、副作用対策や精神的なサポートをきちんと行ってQOL向上を目指すべきであるし、緩和医療を行っているときでも、症状のない時間をできるだけ長く保てるように考えるべきである。
適切なときに適切な方法で積極的治療を行い、すべての場面でQOLを最大限尊重して医療に取り組むことが、結果として、「延命」にもつながる。QOLを無視してひたすら積極的治療を重ねていくことが、必ずしも「延命」につながっていなかった、というのは、多くの臨床試験で示されている事実である。
医療とは、病気を治し、生命を長くするためにあると思われがちであるが、それは医療のごく一部分しか言い当てていない。QOLを向上させることが、もう一つの大きな目的であるし、さらには、究極の目標として、「人間の幸福」があるということを忘れてはならない。
今月号のQOL企画では、様々な側面から、QOLに光を当てている。
QOLには、4つの側面がある。(1)精神状態、(2)身体症状、(3)身体機能、(4)人間としての存在意義、である。
(1)精神状態---医療は患者さんに精神的安らぎと希望をもたらすものでなければならない。どんなに辛い状況にあっても、人間は、希望を持つことができるし、希望は、計り知れない力を持っている。本特集では、精神的ケアの一環として行われているグループ療法について報告する。
(2)身体症状---痛み、だるさ、食欲不振、息苦しさなど、様々な症状が、病気や治療に伴って現れてくる。不快な症状はない方がいいし、症状がなければ、病人として振る舞う必然性もなくなる。これらの症状を緩和するために様々な方法が試みられ、成果をあげている。本特集では、痛みのコントロールにしぼって報告する。
(3)身体機能---日常生活動作をどれくらい自立して行えるか、どれくらいの介助が必要か、ということも、QOLに関わってくる要素である。また、病気や治療によって失われた身体機能を、いかに補うか、というのも重要な問題である。本特集では、身体機能を補うためのグッズについて報告する。
(4)人間としての存在意義---本特集では取り上げていないが、これは、読者の皆様一人一人に考えていただきたいことである。患者さんにとっては、いかに生き抜くか、という問題だし、ご家族にとっては、患者さんといかに向き合うか、という問題である。がんになった方にとって、これからの時間というのは、かけがえのない貴重なものである。その時間をどのように過ごすかは、考え方次第でいかようにも変わってくるのである。
一昔前まで、がん治療の評価に使われていたのは、「腫瘍縮小率」であった。客観的評価がしやすいため多用されていたが、腫瘍が小さくなることと生存期間が延長することとは必ずしも一致しないことがわかり、今は、「生存期間」が評価に使われるようになっている。
しかし、ここまで論じてきたように、「生存期間」は、医療の目的の一側面にすぎず、QOLを無視することはできない。
QOLの客観的評価というのは難しいが、精神状態、身体症状、身体機能について、できる限り客観的な基準で点数化することが試みられている。いずれは、(QOLの点数)に(生存期間)をかけあわせた数字が、がん治療の評価に使われるようになると予想される。
そうやって効果が示された治療法が標準治療として認識されるべきであり、さらには、そういう臨床試験のデータをふまえて、「人間としての存在意義」にも照らしながら、人間の幸福につながる治療方針を選択していく、というのが、理想的な医療のあり方だろう。
「もっといい日」のために、医療は存在するのである。
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