HBM・EBM・NBM
 
 

HBMの生まれたきっかけ

今では、医学部の教育でもEBMは当然のこととして教えられているようですが、私が学生の時には、講義や臨床実習でEBMが語られることはありませんでした。「鉄門だより」の取材などで、EBMという言葉は時々耳にしていましたが、その本質を知ることはなく、言葉のイメージからは、胡散臭さを感じていました。

エビデンス(根拠)に基づいて医療を行うというのがEBMですが、「エビデンス」という言葉に「普遍性」「絶対的真理」のイメージを感じ取ってしまったのが誤解の始まりでした。学生時代には、「普遍性追求の時代から人間性の時代へ」なんていう文章を書き、普遍性を追求し人間性を忘れることの危険性を訴えていた私ですので、個性あふれる人間に対して、「普遍的な真実」によって医療を行うなんていうのは、とんでもないことだという思いがありました。

そんな誤解から、EBMに対抗して生まれたのがHBMです。研修医1年目の1998年のことでした。研修先の自己紹介でEBMを批判したこともありましたが、そんな私に、本当のEBMは違うんだと教えてくれたのが、東大病院糖尿病代謝内科の能登洋氏でした。EBMは目の前の患者さんのために用いるものであり、HBMと重なり合うものだとようやく理解しました。

(能登洋氏は、米国留学での経験を活かし、日本でEBMを広める活動をされ、2003年3月には、「EBMの正しい理解と実践Q&A」(羊土社)という本を出版されています。"Evidence-supported Human-Based Medicine"という言葉も使っておられます。)

エビデンスとは、普遍的な真実ではなく、むしろ、そういう真実が存在しないことを前提とした、「相対的な統計学的事実」であり、EBMとは、そんなエビデンスをうまく使って、患者さんの利益につながるように役立てようという考え方です。その後の私は、HBMを提唱しつつ、EBMの普及活動にも関わっています。

HBMが生まれた1998年、やはりEBMと並立する概念としてNBM (Narrative-Based Medicine: 物語に基づく医療)を紹介する書籍が発刊されています。2001年には、日本語訳も出版されました。

トリシャ・グリーンハル,ブライアン・ハーウィッツ編/斎藤清二,山本和利,岸本寛史監訳
「ナラティブ・ベイスト・メディスン 臨床における物語りと対話」
(http://kongoshuppan.co.jp/dm/0706.html)

NBMは、疾患名に基づいて治療を当てはめるのではなく、患者さんの物語、対話を重視して医療を行うという考え方で、HBMと近い概念といえます。

NBMの提唱者も、NBMはEBMと対立するものではなく、互いに補い合うものだと言っています。結局、EBMもNBMも、そしてHBMも、患者さんの幸福のために最善の医療を行おうという目的に違いはなく、三輪車の三輪のように(?)、これからの医療で必要となる概念だと思います。