<2-9-1> 「人間科学」「人間学」について
 

僕が大学に入った頃、「人間科学」「人間学」なんて言葉は僕の脳味噌のどこにも存在していなかった。少年時代より僕は人間の外側に広がる世界、大自然に関心があり、それを科学的に解明することが自分の仕事であるように漠然と考えていたような気がする。高野少年が信奉していたものは、普遍性、絶対的真理、決定論といったものであった。しかし、大学に入って出会った生物学、生命科学はそれとは微妙に違っていたし、この頃読み始めた養老孟司先生、多田富雄先生、中村桂子先生の本にはそれとは全く逆向きの科学の流れが書いてあった。僕の目の前に突きつけられたこの現実は、それまでの僕が信じていたものとまるで違っていたのにも関わらず、僕の心に自然に浸透してきた。いつの間にか、普遍性、絶対的真理、決定論といったものは色あせて見えるようになり、その代わりに、多様性、複雑性、意味論、自己創出系、スーパーシステム、唯脳論、脳化などという言葉たちが実に鮮やかな説得力を持って僕の脳を占領していたのである。
大学3年の5月、僕が実行委員長になって五月祭の医学部企画を主催し、「21世紀の新しい生命観を探る」というテーマで養老孟司先生と中村桂子先生をお呼びしたが、ここでの両先生との出会いは、僕の思考に大きな影響を与えることになった。同じ年の夏に参加した「日米学生会議」では「哲学分科会」に所属することになり、哲学に関する知識を持たない僕は、自分の経験に基づいて「科学の普遍性追求の限界」を取り上げることにした。そして、村上陽一郎先生の本などを読むうちに、僕の脳内で起きたパラダイム変化が、実は、現代科学史の潮流であることを知り、また人文科学系の本なども読むうちに、「普遍性追求の限界」は宗教にもあてはまるのではないか、ということを思い立ち、科学と宗教における普遍性追求の歴史とその限界ということでプレゼンテーション内容がまとまっていった。しかし、「限界」を示しただけでその後の展望を示さないのではあまりにまとまりが悪い。では、これからの時代は「普遍性」の代わりに何が来るのか?思いを巡らした僕の脳味噌に現れたのは「人間性」という言葉であった。科学が人間の外の自然に普遍性を追求する時代は終わった。宗教が人間を超越した絶対神を追求する時代は終わった。そして、科学においても宗教において今後は人間がクローズアップされてくるし、それが必要なのである。「人間」をフィルターにして見る世界は、そうでない世界よりもはるかに深遠である。
このようないきさつで、僕にとって「人間」というものは計り知れない意味を持つようになった。「人間とは何か?」を追求するのが自分のライフワークだと思うようにもなった。教養学部で養老孟司先生が「人間学」の授業をしていると聞き、毎週通ったし、昨年の日米学生会議では「科学技術フォーラム」を主催し、「人間」をテーマに取り上げた。事実上日本初となる人体標本の一般公開も手がけた。
僕の本来のフィールドである医学では「人間」が重視されてしかるべきであるが、講義や実習を通じて知る限りではまるで「人間」が見えてこない。まさに「病気を見て病人を見ない」のである。バイオエシックスの問題が世間でいろいろと話題になっているが、医学部ではバイオエシックスの授業というのは皆無に近いし、医学生の倫理観はかなりお粗末なものである。僕は医学というフィールドを通じて「人間学」を考えていきたいと思っているが、まずは医学に人間学的思考を取り入れることが先決である。

  (1996年日本学術振興会人間科学セミナーに参加したときの文章)
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