ハーセプチン治療

ハーセプチン治療の代表的な臨床試験H0648gについて
・ ハーセプチン治療の効果を示した代表的な臨床試験がH0648gである。HER2陽性の転移性乳癌の治療として、化学療法のみと、化学療法+ハーセプチン併用とを比較したもので、併用群で高い効果が示されている。
・ 1998年、米国FDAが異例のスピードでハーセプチンを認可したが、そのときの根拠となったのは、この臨床試験の、ASCO(米国臨床腫瘍学会)での中間報告(ASCO 1998;17:98a)であった。
・ 2001年3月のNew England Journal of Medicineにて結果が報告され、ハーセプチン併用による生存期間延長効果が明らかとなった。この論文の要旨を以下に示す。
DJ. Slamon et al, NEJM;344:783-92, March 15, 2001.
「HER2過剰発現のみられる転移性乳癌に対する化学療法+抗HER2モノクローナル抗体による治療」

 癌細胞におけるHER2遺伝子の増殖とHER2蛋白(human epidermal growth factor receptor)の過剰発現が、乳癌患者の25〜30%でみられ(HER2陽性)、HER2陽性は、予後不良因子であることが知られている。
 HER2に対するモノクローナル抗体であるHerceptin (TRastuzumab)の効果と安全性を評価するために臨床試験を行った。対象はHER2過剰発現(IHCで2+または3+)のみられる転移性乳癌患者で、469人が参加。化学療法+ハーセプチン併用群に235人、化学療法単独群に234人が振り分けられた。抗癌剤は、術後補助療法でアントラサイクリン系抗癌剤を用いている患者には、paclitaxelを、そうでない患者には、AC療法(doxorubicinまたはepirubicin + cyclophosphamide)を選択した。
 第一エンドポイントは、time to progression、第二エンドポイントは、奏効率、奏効期間、time to TReatment failure、生存期間とした。すべてのエンドポイントにおいて、有意に併用群の方がすぐれているという結果となり、paclitaxelとAC療法それぞれのサブグループ解析においても同様の傾向がみられた。最も重大な副作用は、心機能低下であり、特に、AC療法+ハーセプチンでは、27%で確認された。
 この臨床試験では、化学療法単独群においても、進行がみられればハーセプチン治療を加えるというプロトコールになっており、実際に化学療法単独群に振り分けられた患者の67%がハーセプチン治療を受けている。

  化学療法
+ハーセプチン
化学療法のみ AC療法
+ハーセプチン
AC療法のみ Paclitaxel
+ハーセプチン
Paclitaxelのみ
N(人) 235 234 143 138 92 96
Median TTP (months) 7.4 4.6 7.8 6.1 6.9 3.0
MST (months) 25.1 20.3 26.8 21.4 22.1 18.4
CR(%) 8 3 8 4 8 2
PR(%) 43 28 48 38 34 15
奏効率(%) 50 32 56 42 41 17
奏効期間(months) 9.1 6.1 9.1 6.7 10.5 4.5
心機能低下(%) 22 5 27 8 13 1
NYHAVorW(%) 10 2 16 3 2 1
心不全死(人) 1 1 1 1 0 0
これまで、転移性乳癌で生存期間延長効果を示した治療は存在せず、画期的な結果といえる。
  抗癌剤治療がbest supportive care(無治療)よりすぐれているかどうかもわかっていない。
  この報告のあとには、capecitabine+タキソテール併用がタキソテール単剤と比較して生存期間を延長されるという報告がなされている。
この臨床試験では、化学療法のみの群に割り付けられた患者のうち67%が、試験プロトコールに従い、進行がみられたのちにハーセプチン治療を受けており、化学療法→ハーセプチンの逐次併用よりも化学療法+ハーセプチン同時併用の方がすぐれているということも示している。
  この臨床試験の参加基準は、IHC法でHER2(2+)または(3+)と判定された場合となっているが、(3+)に限ったサブグループ解析でより明確な効果がみられている(HER2(3+)に限れば、生存期間の中央値は、化学療法のみで20ヶ月、ハーセプチン併用で29ヶ月と、45%の延長がみられる)。
  IHC法ではなくFISH法を用いた場合、IHC法によるHER2(3+)の89%、(2+)の31%で「陽性」と判定される。FISH法による「陽性」の場合、ハーセプチン併用の効果は明白であるが、「陰性」の場合には、ハーセプチンを併用しても効果がみられない。
(第11回ヨーロッパがん会議(ECCO11) poster970 Fluorescence in situ hybridization (FISH) may accurately identify patients who obtain survival benefit from herceptin plus chemotherapy「FISH法は、ハーセプチン+化学療法による生存期間延長効果を得られる患者を正確に特定しうる。」によると、FISH法による陽性のサブグループでは、化学療法単独群の奏効率30.8%に対し、ハーセプチン併用群の奏効率54.0%(P<0.0001)とハーセプチン併用による改善がみられた。一方、陰性のサブグループでは、化学療法単独群の奏効率37.5%に対し、ハーセプチン併用群の奏効率38.0%(P=NS)と有意差がみられなかった。生存のオッズ比は、陽性で0.71(95%CI: 0.54-0.92)、陰性で1.11(95%CI: 0.70-1.80)であった。生存期間の中央値は、陽性で20.0ヶ月→26.2ヶ月と改善しているが、陰性では有意な改善はみられなかった。)
  この臨床試験では、年齢制限が設けられていないが、61歳以上109人と60歳以下360人でサブグループ解析を行ったところ、60歳以下の奏効率は、化学療法単独32.8%に対しハーセプチン併用52.2%、61歳以上の奏効率は、化学療法単独27.8%に対しハーセプチン併用43.6%と、年齢にかかわらず、有意な改善がみられた。死亡の相対リスクは、60歳以下で0.85 (95%CI: 0.66-1.09)、61歳以上で0.64 (95%CI: 0.41-0.99)であり、61歳以上に限って有意な改善がみられた。
(第11回ヨーロッパがん会議(ECCO11) poster692 Older (age>60years) survival benefit from Herceptin plus chemotherapy「高齢者(61歳以上)における、ハーセプチン+化学療法による生存期間延長効果」)
  化学療法+ハーセプチン併用群では、化学療法単独群と比較して、より健康関連QOLが高い傾向がある。
(第11回ヨーロッパがん会議(ECCO11) poster691 Health-related quality of life (HRQL) in women with HER2-positive metastatic breast cancer: effect of treatment with trastuzumab (Herceptin) plus chemotherapy versus chemotherapy alone「HER2陽性転移性乳癌患者の健康関連QOL(HRQL):化学療法単独と比較したハーセプチン+化学療法による治療効果」)
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