「がん治療最前線」2001年5月号
どこまで知っていますか《緩和医療》
 緩和医療というのは、根治治療と並ぶ医療の柱であるが、必ずしも正確に理解されてはいないようである。緩和医療という言葉を聞いたことがないという方もいるだろうし、緩和医療を否定的に考えている方も多いだろう。
「私は最後まで希望を持ってがんと闘いたい。だから、緩和医療は受けたくない」という言葉を聞くこともある。緩和医療とは希望の医療であると考える私にとって、こういう言葉は、悲しく響く。
先発ピッチャーが、がんという敵に対し、勝負を挑むが、希望むなしくKOされ、期待された2番手ピッチャーも打たれ、大量失点。敗戦濃厚となった末に、勝負をあきらめた監督がマウンドに送り出すのは、敗戦処理ピッチャーである。緩和医療はそんな敗戦処理ピッチャーのように思われている。
 しかし、ほんとうの緩和医療とはそのようなものではない。緩和医療とは、人間の幸福をより積極的に考える医療であり、勝ち負けや闘いという陳腐な例えを超越した、人間の本質に関わる医療である。
 本稿では、緩和医療の真の姿を紹介し、さらにそこから、21世紀のがん医療のあり方を俯瞰してみたいと思う。

 緩和医療とは、病気や治療に伴う様々な症状を和らげ、日常生活をサポートするための医療で、痛み、だるさ、吐き気、食欲不振、息苦しさなどの身体的症状の緩和から、広くは精神的ケア、リハビリ、社会的援助までを含む。
 医療というのは、病気の治癒を目指す「根治治療」と、この「緩和医療」によって成り立っている。根治治療が医療の中心と考えられがちであるが、実は、医学によって根治できる病気というのは、ごくわずかである。世界で最も影響力のある医学雑誌「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」の編集長が1977年の論説にこう書いている。
 「近代医療を適用しても、80%の患者は別によくも悪くもならず、あるいは自然に落ち着くところに落ち着く。医師の働きは、それが有害でない限り、これらの原則的な経過に影響することはない。10%をやや上回る症例においては、確かに医療的な介入が劇的な成功をみせている。ただし残り7、8%は、医師の診断や治療が適当でなかったために不幸な結果を招いている」
 その後、医学や医療技術の進歩はあっただろうが、この状況が劇的に変わったとは思えない。過去、世界各地で医者がストライキを行ったことがあるが、事後調査で、死亡率がほとんど変わらなかったか、一部の例では、むしろ死亡率が低下したことが報告されている。
 「医療とは病気を治すためにある」「病院に行けば病気が治る」という考え方は、必ずしも適切ではないのである。
だとすれば、根治治療を医療の中心とする考え方には無理がある。なのに、医学部では根治治療のことばかりが教えられ、それを医者の使命と思い込んだ医者がたくさん生み出されている。現代医療の多くの問題点の原因はそこにある。根治が可能な場合には、根治治療が適切に行われる必要があるし、より高い効果を目指して今後も研究が進められていくべきであるが、根治が難しい場合にもその考え方を当てはめてしまうと、時に不幸な状況を生むことになる。そんなときに必要となるのが、緩和医療である。
 私は、がんが遠隔転移をきたした場合など、根治が難しい状況となった方に対して、「がんとうまく長くつきあう」ことを目標として提示するが、そうやって、根治のできない病気と向き合い、よりよいつきあい方を目指すのが緩和医療だと言える。
 根治のできない病気というのは、がんに限ったものではない。身近なところで言えば、「風邪」と呼ばれるウイルス感染症がある。風邪を根治させる薬は存在せず、医者には風邪を治せない。医者が風邪薬として処方するのは、解熱鎮痛薬などの症状を和らげる薬と、ウイルスには効果のない抗生物質であり、風邪が治るのは、それらの薬のためではなく、もともと体に備わっている免疫力のためである。なのに、患者さんは医者のおかげで風邪が治ったと感謝し、医者もその気になっている。医療とはそんなものである。「医療が病気を治す」という幻想が過剰医療を生む。ただの風邪でも効果のない抗生剤が出されるのはそのいい例である。医者にできるのは、不快な症状を緩和して、風邪という病気とうまくつきあえるようにサポートすることであり、それはまさに緩和医療なのである。
 風邪の過剰医療で苦しむことはあまりないかもしれないが、がんの過剰医療は、より切実な問題を引き起こす。現在のがん医療が、「不幸」「不安」「絶望」を生み出しているのを、私は見過ごすことができない。これからの時代は、患者さんも医者も医療の限界をきちんと認識した上で、緩和医療を適切に用いて、「幸福」「安心」「希望」を生み出していくべきだと思う。

表1
がん医療の分類
<治療目標による分類>
根治治療---腫瘍を完全になくすことを目指す治療
緩和医療---腫瘍とうまく長くつきあうことを目指す医療

<治療内容による分類>
積極的治療---腫瘍を直接攻撃する治療。手術、抗癌剤、放射線治療など。
支持的治療---腫瘍には影響を与えないが、腫瘍や治療に伴う不快な症状を緩和させる治療。

<現在の日本医療>
一般病院(がん医療の本流)-根治治療-積極的治療のみ
ホスピス(終末期医療)-緩和医療-支持的治療のみ

 表1に示したとおり、具体的ながんの治療法は、「積極的治療」と「支持的治療」に分類される。積極的治療とは、手術、抗癌剤、放射線治療など腫瘍を直接攻撃する治療で、一般に「がんの治療」と言われるのはこちらである。これに対し、支持的治療というのは、腫瘍には影響を与えないが、腫瘍や治療に伴う不快な症状を緩和させる治療のことである。がんとうまくつきあい、人間らしく日常生活を送るためには、なくてはならない治療法である。
 積極的治療と支持的治療がバランスよく行われるのが理想の医療であるが、日本ではバランスがとれているとは言い難い状況にある。「一般病院-根治治療-積極的治療」「ホスピス-緩和医療-支持的治療」という棲み分けがなされ、両者は断絶している。

 まずは、「根治治療至上主義」「緩和医療特殊論」にメスを入れたい。
 根治治療こそが自分の使命だと思い込んでいる多くの医者は、積極的治療を徹底して行う。腫瘍を完全になくすために、体の一部を切り取り(手術)、放射線を浴びせ(放射線治療)、細胞を殺す物質を全身投与する(化学療法)。体の中にできた腫瘍を攻撃するのであるから、副作用や合併症は必発であるが、「癌と闘うのだから、副作用は我慢するのが当たり前」と言い放ち、副作用を和らげるための支持的治療にはあまり関心がない。一般病院では、こういう形で、根治治療としての積極的治療が次から次へと重ねられていき、それが限界に達すると、「もう打つ手がない」という言葉とともに見捨てられ、この瞬間、根治治療から緩和医療への切り替えが行われる。
 かつては、打つ手がなくなったあとでも、根治治療の延長として苦痛を伴う延命治療が平気で行われてきたが、緩和医療という概念が広まってから、そういうことはなくなった。苦痛の時間だけを増やす延命治療の代わりに、最期の時間の苦痛を取り除く緩和医療が考慮されるようになってきたのである。しかし、緩和医療は、終末期という限られた状況の患者さんに対して、特別な場所(ホスピスなど)で行われる特殊な医療として認識され、がん医療体系を変えるほどの影響力はなかった。あくまでも、がん医療の主流は根治治療であり、「やれるところまでやって、それでもどうしようもなければ、敗北宣言して緩和医療へと患者さんを送り込む」というのが、多くの医者の抱いているイメージである。
 早期がんに根治治療を行って根治が達成できれば、患者さんは幸福であろう。しかし、根治治療後に再発をきたしたり、発見時にすでに進行している場合、積極的治療をどんなに重ねても、腫瘍を完全になくすことができないというのが現実である。根治治療では、根治が勝利で、根治できないことは敗北であると考えられ、患者さんは、根治という達成しえない希望にすがって壮絶に闘い続けることになる。肉体的な苦しみの結果として、敗北が明らかになるというのは、絶望的なことではないだろうか。ある瞬間において、見せかけの希望が崩壊して絶望がもたらされ、そこで根治治療から緩和医療への切り替えが行われるとしたら、それは、健全な医療とは言えない。緩和医療を、敗北や絶望の医療としてしまう医療体系を改め、真の緩和医療を浸透させる必要がある。根治にこだわって不幸を増大させるのではなく、より早い時期から、ゆるやかに緩和医療へと考え方や治療方針を切り替えていき、バランスよく人間の幸福を目指していくべきである。

 「根治治療-積極的治療」「緩和医療-支持的治療」という固定観念もバランスを欠いている。
 根治治療においても、積極的治療だけでなく、積極的治療に伴う副作用を軽減させるための、支持的治療が重視されるべきであり、可能な限り苦しみを味わうことのないように治療が進められるべきである。「がんとうまくつきあう」だけでなく、「治療ともうまくつきあう」ことが求められ、これも広い意味での緩和医療と言える。世界保健機構(WHO)は、1990年に発行した報告書の中で、このように書いている。「緩和ケアは、病気の早期の段階から、抗腫瘍治療とともに用いられるべきである」。
 また、緩和医療においては、支持的治療だけではなく、時には、積極的治療も用いられるべきである。手術、放射線治療、抗癌剤治療などの積極的治療は、適切に用いれば、症状緩和に有効である。根治を目指すわけではないので、つらい思いをして闘う必要はない。体にできるだけ優しい方法をとり、副作用よりも、症状の改善度の方が大きいと判断された場合に、初めて治療が行われる。治療対象は、腫瘍そのものではなく、症状であり、たとえば、症状のない腫瘍に対して、つらい副作用を我慢してまで治療を行うべきではない。
 「根治ができないとしても、せめて延命を」というのが、多くの患者さんの切実な願いであろう。「緩和医療とは、命を延ばすことも、縮めることもしない医療である」という定義もあるが、私は、緩和医療が、人間の幸福を考える医療である以上、命の長さも考慮に入れるべきであると思う。もちろん、苦痛だけを増やすような延命ではなく、苦痛のない時間を増やすという延命である。「腫瘍とうまく長くつきあう」という目標にはそういう意味もこめられている。「延命治療では症状緩和が考慮されず、症状緩和を優先させれば延命はあきらめなければいけない」という誤解があるが、生命の量と質とは二者択一のものではなく、ともにバランスよく追求されるべきものである。実際、症状緩和を第一目標においた治療方針が、必ずしも延命と矛盾していないということが、いくつかの臨床試験で示されている。積極的治療の選択は単純にできるものではないが、「腫瘍とうまく長くつきあう」という目標に近づくために、何をどのように行うべきか、患者さんの人生観も考慮しながら、患者さんと主治医が納得できるまで話し合うべきである。

 以上述べたことをまとめたのが図1である。診断後、根治治療が行われ、腫瘍の再発などで腫瘍をなくすことができないとわかったあとには、緩和医療へとゆるやかに移行していく。それに伴い、治療法の重点は、積極的治療から支持的治療へと移っていくが、そのどちらかが不要になるということはない。根治治療においても支持的治療は必要であり、緩和医療においても積極的治療は必要である。支持的治療は、「治療の副作用の軽減」と「がんの症状の緩和」という二つの役割があり、根治治療の際に行われる支持的治療は主に前者である。がんによる症状出現後は、症状緩和のための支持的治療のウエイトが大きくなる。症状緩和のためには積極的治療も有効であり、これは「積極的緩和医療」と位置づけられる。「狭義の緩和医療」とあるのは、余命がわずかであることが予想される場合に行われる症状緩和治療であり、いわゆる終末期医療と呼ばれるもので、ここに積極的治療は含まれない。私が緩和医療として定義しているのは、腫瘍をなくすことができないとわかったあとに行われる、「腫瘍とうまく長くつきあう」ための治療であり、「積極的緩和医療」と「支持的緩和医療」からなる。さらに、根治治療の際の支持的治療も含めたのが「広義の緩和医療」である。緩和医療の具体的な内容については、表2に示した。
 このように、緩和医療というのは、がん医療のかなりの部分を占めることになるわけだが、大学の医学部では「緩和医療学」が教えられることはなく、ただひたすら根治治療の方法だけがたたきこまれている。そして、医療現場では、緩和医療は「狭義の緩和医療」としてしか捉えられず、「緩和医療はホスピスの仕事。一般病院はがんを治すためにあるのだから、緩和医療なんてやっていられない」なんてことが言われたりする。がんというものを今一度見つめ直し、がん医療の目的を見定め、真の緩和医療をより広く浸透させる必要がある。緩和医療とは、人間の幸福のための医療であり、がん医療のすべての場面において、適切に用いられるべきである。

図1


表2
緩和医療の実際

積極的緩和医療

手術(消化管バイパス術、腫瘍による圧排症状の解除など)
内視鏡治療(胃カメラ、大腸ファイバー、気管支鏡)
放射線治療(骨転移の痛みコントロール、腫瘍による圧排症状の軽減)
温熱療法
抗癌剤治療
その他薬物による抗腫瘍治療(ホルモン療法、ビスフォスフォネート、ハーセプチン)
動脈塞栓術
免疫療法(確立した方法ではない)
遺伝子治療(確立した方法ではない)

支持的緩和医療

痛みのコントロール
鎮痛薬(WHOの3段階方式、NSAID→コデイン→モルヒネ)
鎮痛補助薬(抗不整脈薬、抗てんかん薬、抗うつ薬)
神経ブロック
理学療法


その他の症状のコントロール
薬物治療(ステロイド剤、抗生剤、咳止め、抗不安薬、睡眠薬、吐き気止め、便秘薬、下痢止め)
皮膚外用薬
輸液(脱水、電解質異常の補正、栄養補給、高カロリー輸液)
輸血
酸素吸入
胸水、腹水、心のう水のコントロール(穿刺、利尿薬、胸膜癒着術)
精神的サポート
リハビリ、日常生活動作の向上


治療の副作用の軽減
手術後回復期のケア
抗癌剤による吐き気のコントロール(5HT3受容体拮抗薬、ステロイド剤)
骨髄機能低下(白血球減少、貧血)のコントロール(G-CSF製剤、輸血)
放射線治療副作用(粘膜障害、皮膚障害など)のコントロール
モルヒネの副作用(吐き気、便秘、眠気)のコントロール


社会的サポート
在宅療養の支援(訪問診療、訪問看護)
各種サービスの活用
介護保険